見果てぬ夢




「ただいま」
「おかえりなさい」

 お互いに挨拶をして、しっかりと微笑みあう。今、彼らが暮らしているのは大きめの一軒家、夫婦の登録をして支給された家だ。地図や設計図への書き込みはゆっくりと増え、 同時に彼女のものでも、彼のものでもない二人の持ち物も増えている。
 服の首元を緩めつつ、彼は二階のカーテンを閉めた部屋に入った。今日の仕事で手に入った新しい情報の書かれた紙の束を机の上に置く。

「あら、なにか新しいものなの?」
「……うん、新しいプロジェクトの責任者になってね。関係ありそうなところの情報はかたっぱしから申請しておいたらいくつかには許可が降りたよ」
「そろそろ真っ当に手に入る情報が少なくなってきたところだから嬉しいわね」

 にこにこと紙を手に取り、彼女は内容を確認した。たくさんの書き込みがなされ、黄ばみ、端がボロボロになった地図や設計図と見比べはじめる。鉛筆を片手に真剣に資料の読み込みを始め、いつもであれば率先して手伝うであろう彼が参加してこないことを訝しんだ。

「どうかしたの?」

 彼は沈黙したまま、一通の封書を彼女に差し出した。王家の紋章が透かしに入ったそれは、国からの正式な通達だった。
 彼と彼女の間に曽祖父の代まで同じ人間が居ないことと仕事における功績から最低一人、最高四人まで、子供を持つことを認める、という。


 子供、と彼女は心のなかでつぶやく。かつて、彼女は守られる子供だった。今は違う。収入は自分で得ているし、自分一人である程度自立した生活を送っているという自負がある。守られるだけの存在ではなくなった、つもりだった。
 だが、不思議な事に自分が子供を持つという意識はなかった。大人になってからの彼女は、この国から逃げ出すことばかりを考えていたのだ。いや、逃げ出すというほどにマイナスの感情ではないだろう。彼女はこの国を嫌っているわけではないし、友人も、今となっては夫となった男性もいる。
 外に出たい、外に出たい、飛んでいきたい……そう思っていた彼女にとって、庇護する立場というのは馴染みのないものだったのだ。



 彼にとっても、その通達は予想外だった。もちろん、知らないわけではなかった。血の濃さや優秀さによって持つことのできる子供の数は違うし、その数は一方的に決められるものだからこそ通達という形で来る。更に言うなら、子を成すのはそれを認められた人間の義務でもある。最低一人、というのは一人は必ず産む必要があるということだから。
 土地が狭く、人の数が多くないラピュタでは、人口の管理は最も繊細かつ緻密に行われる作業の一つで、彼も彼女もそれを理解していた。
 だが、夫婦という形になったのは、それが最も自然だろうと思ったからだった。情熱的に愛をささやいたわけでも、彼女を自分のものにしたいと思ったからでもない。
 二人で同じ場所に暮らし、他人には聞かれたくない計画を進めるのに良いだろうと思った結果だったからこそ、いわゆるひとつの家族の形……父と母と子供、という形にまで連想が及んでいなかったのだ。


 自分の血を分けた、子供。彼と彼女にとってそれは馴染みのない言葉であり、しかし、二人として考えた時にそれは忌避するほどのものでもなかった。ここまで育ててくれた両親に対する愛情も、環境を用意してくれた国に対する恩もあった。だから。

「……空を、諦めたくは無いわ」
「僕もだよ。でも、きっと君と一緒に子供を育てるもの楽しいんじゃないかな」
「そうね……そう思うわ」

 計画はあきらめない、空を、地上を想うのをやめない。それはやめようと思ってやめられるものでもない。
 だが二人はこの小さな箱庭で、夢を見続けることを選んだ。夢を、現実にするのではなく。
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