見果てぬ夢




 愛しい相手か、と聞かれて彼女は書類をめくる手を止めた。何の変哲もない平日、仕事をしているさなか比較的親しい相手に問われた言葉だった。

「誰が?」
「名前は知らないけど、歩いていたじゃない」
「ああ」

 彼のことか、と彼女は納得した。ねえねえどうなの教えなさいよ、とからかうように聞いてくる友人を軽くあしらい、しかし彼女の中には微かな困惑が芽生えた。
 身を焦がすほどの渇望を理解してくれた異性。今も、お互いの似通った、しかし方向の違う利益など無い願いを理解し、そして実行に移そうとしている異性。信頼している。大切だとも思っている。人に知られたらただでは済まされないような秘密を共有している。友人、共犯者、恋人、さてどれだろうと彼女はしばらく考え、仕事に集中するべきかとその時は疑問を放棄した。

 人に話を聞かれたくないと、計画について話すときに彼は彼女を自分の家に誘った。本来ならば語ってはいけない、職務上知り得た秘密、持ちだしてはいけないはずの書類。そういったものを机の上に広げ、二人の知識をあわせて書き込みを増やしていく。
 彼も彼女も区分としては上級市民、だ。個人として住む場所を提供されていたため、密談するのには困らなかったのだが。机の上に広げた地図に指を走らせて確認のために顔を上げ、距離の近さに初めて彼女は戸惑った。

「どうしたの?」
「……どうもしないわ」
「本当に?」

 不思議そうな顔のまま彼はじっと彼女を見つめる。理由を言うまで引き下がらないのだろうと予測の着いた彼女は小さく嘆息した。そのまま大人しく今日の出来事を語る。

「……あぁ、なるほど」
「考えたこともなかったわ。……それで、ふと、距離が近いなと思ったの」
「近すぎて不愉快だったかい?」

 なら気をつけるよ?と言葉を続けた彼に対して彼女は小さく首を振った。

「気にならなかったの。気づいていなかったから、ってわけじゃなさそうよ。今も不愉快じゃないわ」
「そうか。僕も今まで意識していなかったけど……」
「ならお互い様ね」

 苦笑する彼に、彼女はからかうように尋ねた。

「初恋のお相手は誰なのかしら?」
「居ないよ、そんな。……そういう君こそ、どうなんだい?」

 思わず考え込んでしまった二人は、少し気まずそうに互いを見た。
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