見果てぬ夢



 彼と彼女が出会ったのはラピュタの居住区と外とをわける壁、外殻の窓だった。まだ大人になりきれない、けれども子供と断じるのはためらわれる年頃。すぐに言葉を交わしたわけではない。彼はいつも窓から地上を眺め、彼女はいつも窓から空を眺めていた。二人で並んで眺めることもあれば、時間がずれて合わない日もあった。二人とも、毎日来てはいたがそこにいる時間は長くはなかった。
 初めて言葉をかけたのは彼女の方だった。互いが存在を認識してから、季節が移り変わるぐらいの時間が流れていた。

 「いつも、下を眺めているのね」
 「うん。地上が見えないかと思って。君はいつも、空を見ているね」

 会話は続かなかった。風のざわめきや鳥のさえずりだけが聞こえるなか、彼と彼女はいつもの通り地上と空を眺め、適当な時間に挨拶もせずに別れた。
 次に言葉をかけたのは、彼の方だった。

 「空を見るのは、楽しい?」
 「わからないわ。地上を見るのは、楽しいのかしら」

 お互いに視線は上と下を向いて、近くにいるのに交わることはない。やはり会話は続かなかったが、その日は先に立ち去った彼女の方がまた、と再会を前提とした言葉を残した。


 彼と彼女は、徐々に言葉を交わすようになった。他愛もない内容の。決して空や、地上や、ここを眺める理由などには触れず、ただぽつりぽつりと日常生活について話していた。話すうちに彼らはお互いが同い年であることや好きな本や、美味しいと思う食べ物について知った。
 また、と挨拶を交わして去ることが当たり前になっても、彼と彼女は自己紹介もせず、ここに一人で訪れる理由も告げず、視線を交わすこともなく過ごしていた。


 数年がたった。ある日、また、と声を残して立ち去ろうとした彼は、初めて彼女に呼びとめられた。彼は振り向いて、そして彼に向き合って目をしっかりと見つめてくる彼女の姿に軽い驚きを感じた。

 「何か?」
 「わたし、多分もうここには来ないわ」
 「そう。理由を、聞いても良いのかな?」
 「進路が決まったの」
 「なら忙しくなるね」

 聞いて、彼は頷いた。彼も進路が決まって、仕事に慣れるまでは忙しくなるだろうと思っていたから。彼女は、頷く彼を見て軽く微笑んだ。感想を述べるわけでもなく、喜ぶでも悲しむでもなくただ肯定してくれたことが嬉しかった。

 「君がいてくれてよかったよ」
 「わたしも、そう思うわ。届かないとわかっている空を、一人で見上げるのは苦しかった」
 「うん。僕も、行けないとわかっている地上を見るのは悔しかった」
 「それでも、空を諦めたくはないの。諦めるつもりもね」
 「奇遇だね、僕もだ。いつか地上に行きたいと思っているよ」

 そろそろ、と彼が言って、彼女はさようなら、と口にした。立ち去る前に振り替えると、彼女はまた窓から空を見上げていた。
 彼も彼女も、最後まで互いの名前を知らなかった。ただ、説明しがたい心のうちの激情を理解してくれる人がいたのだという充足感を心に抱いてそれぞれの生活に戻った。

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