見果てぬ夢



 彼女は、施設管理の職についた。空を映す壁の調整や、気温の調整や、ラピュタという機械仕掛けの王国が人に住みやすい環境を保つための仕事。ときに壁を越えて、むき出しの空を見ることが可能だという理由から、彼女はその職を選んだ。
 彼は、資源管理の職についた。清浄な空気を保ち、水や食料の管理をし、ラピュタという限られた資源しかない王国が人に十全な生活を提供できるようにする仕事。種類は少ないがラピュタに存在する動植物と関わることができるという理由から、彼はその職を選んだ。
 彼も彼女も、忙しく充実した毎日を過ごした。やりがいのある仕事だったし、同僚たちとの交流も楽しい。ただ、ふと時間が空いたときに彼は地上の絵を見ることが多かったし、彼女は空を眺めることが多かった。
 数年が経ったある祝日に彼と彼女は再び街で出会った。互いに一人で、彼と彼女は近くの喫茶店に入った。

「久しぶりだね」
「本当に」

 飲み物が運ばれるまでに発された言葉はそれだけで、困惑したような空気が流れた。どこか非現実的な空間で二人静かに過ごしていた記憶が、喫茶店という日常的な空間に対する違和感を生じさせていた。

「元気だった?」
「うん。君も、元気そうだね」
「ええ。毎日が楽しいわよ、仕事も順調だわ」
「僕だって負けてないさ」

 自慢しあうようにおどけて笑って、かつてそんな小細工を使わずとも言いたいことが分かる居心地の良い空間があったのを彼らは思い出した。もどかしさが募り、苛立ちが増した。そして、互いにその感情を相手が理解していると知りながらも問題がないかのようにふるまった。物悲しさを感じながら。
 一体感を味わうことのないままに時間が過ぎ、彼女は残念だがどうにもならないという諦めとともに、ため息をついて時計を見た。そろそろ支払いを済ませて立ち去ろうと思ったのだが、彼は思い切ったように声をかけた。

「まだ、空は見ているの?」

 かつての彼らは触れることを避けていた話題だったが、彼女は微笑んで頷いた。

「見ているわ。あなたは地上を?」
「見ているよ。そして実際に訪れたいと思っている」

 その会話がしっくりときて、彼らは同時に安堵の笑みを浮かべた。かつてのナイーブさが薄れたのか、直接的な空と地上の話題が忌避感なく互いの印象に合致したようだった。

「聞いたことがなかったけど。空が好きなの?」
「どうかしら。この国が、壁に覆われているというのがなぜか嫌だったのよ。今でも必要だとわかっているけれど、閉塞感があるの」
「ああ、そうだったんだ」
「あのころのような、息が詰まるようなもどかしさは気がつけばなくなっていたけど。やっぱりたまに思うわ。壁を越えて、本当の空の下で、上へ上へと飛んで行きたいって。あなたは……地上が好きなの?」
「どうだろうね。この国は好きだよ、安全で綺麗で。地上で暮らしたいわけでもない。ただ……いろいろな生き物が、地上にはいるはずなんだ」
「おとぎ話のような?」
「そう。たとえば僕らは、魔法がない事を知っている。でも地上には魔法のような生き物がいるんだ」
「実際に見たいのね」
「うん、見たい」

 饒舌に彼らは話した。かつての彼らとはまるで違う交流の仕方だったが、根底にあるのは同類に対する安心感と充足感だった。そして、かつてと違い彼らは名前と連絡先を交換して、その日は別れた。
 祝日ごとに、彼らは話をした。場所は様々だった。喫茶店であったり、レストランであったり、一般市民に開放された公園であったりした。沈黙という心地よい空間をないがしろにすることはなかったが、話すことが普通になると他愛もない会話が弾むようになった。仕事での悩みや、人づきあいや、趣味や、話すことはいくらでもあるように思えた。くだらなく、空を眺めたり地上の生き物に思いを馳せるほうが有益だと今までであれば思っていた内容でも、心浮き立つ楽しさがあった。

 会うのが楽しい。言葉を交わせることがうれしい。彼らが意識することはなかったが、それは恋愛感情だったのかも、しれない。

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